歩道橋








  子供たちが一人、二人、また一人と狭い安全歩道をかけて来る。そして薄暗い地下道
からも手に手にお気に入りのおもちゃを持った子供たちが階段をかけ上がってくる。
目指すところは歩道橋。あの広い歩道橋の上だ。

  ビルの4階にある会社の私のデスクは窓際にあり、仕事中でもその歩道橋を見下ろす
ことが出来た。学校から帰って来た子供たちにとってはその歩道橋の上がこの近辺では、
ほとんど唯一の安全な遊び場なのだろう。長さは50メートル以上、幅も15メートルはあ
る広い広い歩道橋だ。
  それほど人通りが多くもない場所なのに、こんなに広い歩道橋が作られたのはやはり
初めから子供たちの遊び場として考えられたのかもしれない。近いうちにブランコなどの
遊具がすえつけられる話もあるようだ。

  歩道橋の下はひっきりなしに大小さまざまの自動車が行き交う4車線の国道。灰色の
アスファルト。歩道橋の上もアスファルトで舗装されてはいたが子供たちが色とりどりの
チョークで描いた落書きがとても鮮やかだった。私はいつからかそんな小さなピカソたち
の作品を眺めるのがとても好きになっていた。
  子供たちは実にさまざまな遊びを楽しんでいる。いま流行の精巧な宇宙船の模型やレ
ーザー銃やコンパクトなゲーム機の類を持っている子達がほとんどなのだが、その中に
石ころで遊んでいる少女がいた。おもちゃを買ってもらえる子供も少なかった、私が幼か
ったころに同じ年頃の少女たちが熱中していた遊びとほとんど変わらない遊びのように
見えた。小さな小石をぽんと低く放り上げ手の甲に載せそれをまたそのまま放り上げて
手でつかむ。詳しいルールは知らないが仕種は昔と変わらないように思えた。

  しばらく仕事に没頭し、ふと気がつくと退社の時刻を5分ばかり過ぎていた。ゆっくりと机
の上を片付けながら考えていた。どうして最近、まっすぐ家に帰る気がしないのだろうかと。
窓の外へ目をやると歩道橋には子供たちの姿は一人も見えなくなっていた。通勤帰りの
人々の影が数人見えるだけだ。色とりどりの子供たちの残した落書きは夕日の光の中で
静かだった。
  家に帰るためには地下道に下りてチューブウエイに乗らなければならないのだが、ふと
あの歩道橋に上がってみようという気持ちになった。

  窓越しに見ていたときには気がつかなかったが、そこは下を行き交う自動車の音でとて
もうるさい場所だった。あの子供たちは慣れているのか毎日ここで遊んでいるのだ。騒音
の上に排気ガスの臭いのこんな場所で。
  私は少し歩いて歩道橋の中央付近まで来た。そこには少女たちが遊びに使ったたくさん
の大小の石が残されていた。私は手すりにもたれて下を見おろす。近くに信号がないせい
で絶え間なく続く自動車の流れ。次から次へと水のようにそれは流れていくのだ。
  私は幼いころの記憶をたどり始めていた。ここと同じような場所がどこかにあったのだ。

  橋の上で小さな私は迷っていた。家へ帰ろうかどうしようか。帰れば母親にしかられるのだ。
なぜしかられるのかまでは覚えていない。驚くほど早く夕日は家々の向こうに沈み、空は次
第に闇の色が濃くなってきていた。
  それでも私は橋の上から水の流れをただ見ているだけしか出来なかったのだ。いつか足
元の小石を拾い、川に投げ込み始めた。小さな小石をひとつポーンと水の中へ。流れが速
いので広がりかけた波紋はすぐに打ち消され、何事もなかったように川は流れていく。また
ひとつ私は投げ込む。そしてもう一度。こんな風に次々に、最後にはありったけの大小さま
ざまな石を一度に投げ込んだ。言葉に出来ない思いを込めて。

  ブレーキの音、金属同士の衝突音。ガラスの割れる音。耳を聾するそのすさまじい音によ
って私は我に返って歩道橋の下を見た。


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