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懺悔の時(ざんげのとき)                                       






 街は荒れ果てていた。その多くの建築物は焼けただれ、崩れ、なま暖かいきな臭い風が
時として 吹き抜けて行った。
 男の乗った壊れかけた車はすさまじい音を立てて街なかを走り抜けた。しかしそれによっ
て眠りを覚まされる者とてないのであった。
 車から降りて歩き始めた男の足元には街の人々の死体が‥それもそのほとんどが白骨
と化したむくろが至る所に横たわっていた。ぼろぼろになった衣服によって辛うじてそれと
わかる男の白骨、女の白骨、そして子供の‥。
「これが俺の生まれた街か」男ははき捨てるようにそう言った。
 彼は教会らしい建物の前で立ち止まった。肩章の片方がちぎれた上着を風の中に脱ぎ
捨てると彼はその中に入って行く。祭壇の周りには砕けたステンドグラスの破片とともにい
くつかの白骨が転がっている。その中に僧衣を身にまといロザリオを手に絡ませた神父と
おぼしい白骨を見つけると、男は近づいて行った。そして静かに抱き起こし、そのまま抱え
上げる。手や足の指の小さな骨がいくつか乾いた音を立ててこぼれ落ちた。
 白骨を懺悔部屋の椅子に座らせると男は反対側へ回り、金網を張った小窓のそばの背
もたれのない椅子に腰を下ろした。
「神父様、俺は魂なんてものがあるとは信じて来なかったし、今でも信じてはいない。しか
し、もし万が一あったとしたらあなたの魂は聞いてくれているんだろうか、俺の懺悔を‥」
そう前置きをすると男は口の中でぶつぶつと呟き始めた。白骨死体を前に懺悔を始めた
のだ。
 男の懺悔の声は重々しく、深くよどんだ川の流れのようにいつまでも続いた。
 突然何かの崩れ落ちる音がして男は我に返った。彼は立ち上がり、懺悔部屋に入る。神
父の白骨は椅子から滑り落ち、頭蓋骨が砕け散っていた。男の目は絶望の色に染まっ
た。男はそのままそこへ、がくりとひざを落とし座り込んだ。
「俺は子供のころから教会なんて来たこともない、神様なんて信じたこともない。いまさらと
思うだろうが聞いてほしいんだ」
白骨は殆ど元の形をとどめず、僧衣はぼろぎれと化している。誰も聞くものがいない。その
思いが男の胸に押し寄せた。
「聞いてくれ!誰でもいい、そうだ、俺なんだよ、あんたたちを殺したのは。この街をこんな
にしたのは。いや世界中をこんなにしちまったのは俺なんだ。そうだよ!俺がこの手で、こ
の指でボタンを押したんだ。核ミサイルのボタンを押したんだ!」
男の声は残響となって教会の建物の中にしばらくとどまっていたが、ふと途絶える。
 男は神父の座っていた椅子を両手でつかみ頭上高く振り上げ、神父の骸骨に投げつけ
た。骨は折れ、四方八方へ飛んだ。
「死んだほうがましだ!懺悔をすることも許されないなら死んだほうが‥。殺せ。殺してく
れ!俺を殺してくれ!」
 男の声はそのまま悲鳴に変わって行った。この世のものとは思えない叫び声。しかし彼
は狂ってはいなかった。狂ってしまったほうが男にとってどんなに楽だったっろうか。
 男が地下のミサイル基地を抜け出して、放射能の渦巻く地上へ出てきてから生まれ故郷
の街までたどり着くまで、すでに半月近くが過ぎていた。しかし彼は死ななかった。死ねなか
った。死ぬことが出来ない体になってしまったのだ。
 神というものがあるとすればそれが男への神の報いだったのかもしれない。





―――――――――――――― おわり ――――――――――――――




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